- くびきの 下にある 奴隷はすべて, 自分の 主人を, 眞に 尊敬すべき 者として 仰ぐべきである. それは, 神の 御名と 敎とが, そしりを 受けないためである.
- 信者である 主人を 持っている 者たちは, その 主人が 兄弟であるというので 輕視してはならない. むしろ, ますます 勵んで 仕えるべきである. その 益を 受ける 主人は, 信者であり 愛されている 人だからである. あなたは, これらの 事を 敎えかつ 勸めなさい.
- もし 違ったことを 敎えて, わたしたちの 主 イエス · キリスト の 健全な 言葉, ならびに 信心にかなう 敎に 同意しないような 者があれば,
- 彼は 高慢であって, 何も 知らず, ただ 論議と 言葉の 爭いとに 病みついている 者である. そこから, ねたみ, 爭い, そしり, さいぎの 心が 生じ,
- また 知性が 腐って, 眞理にそむき, 信心を 利得と 心得る 者どもの 間に, はてしのないいがみ 合いが 起るのである.
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- くびきの 下にある 奴隷は, 自分の 主人を 十分に 尊敬すべき 人だと 考えなさい. それは 神の 御名と 敎えとがそしられないためです.
- 信者である 主人を 持つ 人は, 主人が 兄弟だからといって 輕く 見ず, むしろ, ますますよく 仕えなさい. なぜなら, その 良い 奉仕から 益を 受けるのは 信者であり, 愛されている 人だからです. あなたは, これらのことを 敎え, また 勸めなさい.
- 違ったことを 敎え, 私たちの 主 イエス · キリスト の 健全なことばと 敬 ·にかなう 敎えとに 同意しない 人がいるなら,
- その 人は 高慢になっており, 何一つ 悟らず, 疑いをかけたり, ことばの 爭いをしたりする 病氣にかかっているのです. そこから, ねたみ, 爭い, そしり, 惡意の 疑りが 生じ,
- また, 知性が 腐ってしまって 眞理を 失った 人¿, すなわち 敬 ·を 利得の 手段と 考えている 人たちの 間には, 絶え 間のない 紛爭が 生じるのです.
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