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- では, わたしたちは, なんと 言おうか. 惠みが 增し 加わるために, 罪にとどまるべきであろうか.
- 斷じてそうではない. 罪に 對して 死んだわたしたちが, どうして, なお, その 中に 生きておれるだろうか.
- それとも, あなたがたは 知らないのか. キリスト · イエス にあずかる バプテスマ を 受けたわたしたちは, 彼の 死にあずかる バプテスマ を 受けたのである.
- すなわち, わたしたちは, その 死にあずかる バプテスマ によって, 彼と 共に 葬られたのである. それは, キリスト が 父の 榮光によって, 死人の 中からよみがえらされたように, わたしたちもまた, 新しいいのちに 生きるためである.
- もしわたしたちが, 彼に 結びついてその 死の 樣にひとしくなるなら, さらに, 彼の 復活の 樣にもひとしくなるであろう.
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- わたしたちは, この 事を 知っている. わたしたちの 內の 古き 人は キリスト と 共に 十字架につけられた. それは, この 罪のからだが 滅び, わたしたちがもはや, 罪の 奴隷となることがないためである.
- それは, すでに 死んだ 者は, 罪から 解放されているからである.
- もしわたしたちが, キリスト と 共に 死んだなら, また 彼と 共に 生きることを 信じる.
- キリスト は 死人の 中からよみがえらされて, もはや 死ぬことがなく, 死はもはや 彼を 支配しないことを, 知っているからである.
- なぜなら, キリスト が 死んだのは, ただ 一度罪に 對して 死んだのであり, キリスト が 生きるのは, 神に 生きるのだからである.
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- このように, あなたがた 自身も, 罪に 對して 死んだ 者であり, キリスト · イエス にあって 神に 生きている 者であることを, 認むべきである.
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